日本では戦後から

日本では神道もしくは人前結婚式が主流ですから、貴族といえども婚約指輪の習慣は容易には定着しませんでした。
すでに西洋ではキリスト教国の間で結婚指輪も婚約指輪も定着していましたから、キリスト教の普及と合わせて婚約指輪も人々に知られてはいたでしょう。

しかし実際に生活の中に取入れられるようになったのは1960年代に入ってからです。
日本に古くから伝わる結婚の風習に結納があります。
この結納に婚約指輪が含まれるようになったのはこの頃です。
ただしダイヤモンドを添えた指輪はまだ珍しい時代でした。
結婚ビジネスの発展と共に指輪も急速に普及していきました。
高度成長期で一般市民の生活が豊かになってきた影響も大きいです。
指輪の普及に大きな貢献を果たしたのは、指輪を宣伝するTVCMでした。
1970年に始まったCMでは男女モデルらの台詞の中に“お給料の3か月分“というキャッチコピーがあり、これが視聴者の心を掴んだのです。

最初に普及したのは真珠や宝石を装着したデザインです。
その後も次々と斬新なCMがお茶の間に流されて、庶民の間で話題となりました。
1980年代にはダイヤモンド指輪も普及し始め、婚約指輪にダイヤモンドをあしらったデザインが主流となっていきました。

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王家から庶民へ

婚約指輪としての指輪は数百年の間、王族や貴族間で権力と身分の証として使われる他、家と家の結び付きを象徴するものとして利用されるだけで、一般市民まではなかなか普及しませんでした。
ようやく市民の間でも婚約指輪として広まったのは19世紀に入ってからです。

今でこそキリスト教式結婚式には欠かせないアイテムになっていますが、始まりは古代ローマに古くから伝わる神話からつながるものであったり、古代エジプトの神秘主義からくるものであったりしたため、保守的なカトリック教会では一切指輪を認めない時代が続きました。
しかしながら細工技術やダイヤモンドの研磨技術は婚約指輪の普及に大きな影響を与えていました。
時代と共に少しずつ市民の生活が豊かになるにつれ、指輪も広まりはじめていました。
9世紀に入って婚約指輪と共に結婚指輪も広まりはじめていましたが、裕福な市民の間で使われる程度で、指輪はまだまだ高価だったのです。

11世紀に入りキリスト教会でようやく結婚指輪および婚約指輪が公認されるようになると、結婚式にも堂々と指輪交換がされ始めますが、一般化したのは19世紀に産業革命が起こり、市民の生活がこれまでにないほど豊かになってきた事によります。

婚約指輪の起原

婚約指輪として使われ出したのは紀元1世紀頃の古代ローマの時代と記された文献が残っていますから、2000年以上の歴史を持つ事になります。
ただし当時は鉄のリングを愛の印としてパートナーとなる女性に男性から贈られるのが常でした。
指輪に婚姻を意味づける形はすでにできていた事になります。
左の薬指に指輪をはめる風習は古代エジプトから伝わったものであり、命と創造を象徴する薬指は、神へ愛・エロスが指の先から心臓へつながっていくという考え方が、婚約指輪と結びついたのです。

指輪そのものはギリシャ神話にもたびたび登場していますから、紀元前10世紀頃にはすでに指輪が様々な形で使われていた事を物語っています。
ただし婚約指輪はあくまでも契約の印であり、さらに結婚の儀式に欠かせないアイテムとして使われるようになるのに、15世紀初頭までまたなければなりませんでした。
ブルゴーニュ公シャルルの公女マリアと、ハプスブルグ家王子マクシミリアン大公との婚約式で使用されたのが、歴史上最古の婚約指輪とされています。
同じ頃にダイヤ研磨術の進歩と共に、指輪に宝石をはめ込む技術も開発されています。
黄金の指輪が使われ始めたのは2世紀頃であり、細工技術の進歩と共に少しずつ豪華さが加えられるようになっていきました。

デザインも様々な形が施されるようになりました。
ちなみに公女マリアとマクシミリアン大公との婚約式の時は、聖母マリアと公女マリア、およびマクシミリアン大公それぞれの頭文字をかたどるMの文字型にデザインされたものが、使われています。
今回は婚約指輪の歴史についてのお話です。